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2010年7月 2日 (金)

わたしの好きな時計屋さんのこと



先日の朝のこと。

ジガガガガガガガガ…ッ。

いつもの時間に鳴る、いつもの音がヘンだった。

目ざまし時計のベルがおかしいようだ。

手にとってもう一度鳴らしてみると、やはり今までの澄んだ音とは違う。




なにやら内部で部品が落っこちたようで、

左右に傾けるとカランコロンと音を立てている。




こまったなぁ。

実はその時計は、もう30年近く使い続けているかなり年期がはいった代物で、

当時、小学生だった私に母が選んで買ってきてくれたのだ。

スヌーピーがウッドストックとテニスをしている絵柄で、

もらったその日から、毎日毎日、朝寝坊の私を起こし続けてきてくれた。

特に大切にしようと意識していたわけでもなく、いつも通りに使い続けてきたのだが、

いざ壊れたとなると、急に大切なものを失ってしまったようで悲しくなってしまった。

というのも、私の母はもう亡くなっているからだ。

この先、母からもらえる物は、私にはもうない。

だから、寿命だ、と言われればそれまでなのだが、

どうしても諦めきれなかった。




ちょうど引っ越してきた際に、洗濯機を購入した大型電気店のなかに、

時計の電池交換をしているコーナーがあったのを思い出した。

修理もしてくれるかもしれない。

自転車の衝撃にも耐えられるよう、タオルで二重にくるみ、

早速、私は家を出た。




「目覚まし時計の修理ってやってますか?」

電池コーナーで係りの女性に尋ねると、

「目覚ましはねぇ、直せないことはないけども、メーカーに出してやるから時間がかかるよぉ。

修理代出すよりも、新しいのを買った方が安くあがるから。」

と、すぐ目の前にある時計売り場を指差して言った。

メーカー経由になるだろうことは予測していたが、

あまりにも古い品なので、部品がもうないだろうことが私の懸念材料だった。

時間がかかるのはいいとしても、

その初老の女性にはどうしても時計を見せる気にはなれず、

「そうですか、じゃぁ結構です。」

と踵を返してしまった。




冷房がガンガンにきいた店舗の階段を降りながら、

「違う、そういうんじゃない。」

と、なぜか私は憤っていた。

新しいのじゃ駄目なんだ。この時計を直したいんだ。

心のなかで思いが巡る。




電気店を出たものの、さて、どこへ行ったらいいのかがわからない。

というのも、引っ越してきてまだ半月の身なので、

どこに何があるのか、大型店舗くらいしか把握できていないのだ。

目指すところはわかっている。

時計屋、それも大切に扱ってくれそうなお店で、

ベテランのおじいさんがやっていたら、なおいい。

ベテランを選んだのには、万が一、部品がなくても

長年の経験と知恵によって代替えを使ったり、

あるいは作りだしたりして、直せるのではないかと思ったからだ。

しかし、そんな店舗はいくらネットで検索しても出てこないだろう。

電話帳で調べたって、行ってみないことには判断がつかないし土地勘もない。

はぁ・・・。




急に当てもなくなり、ただぼんやりと駅の方へと向かっていた。

「どっかにあったかなぁ・・・。」

時計屋、と言われてもそうそう意識していなかったので、

思い浮かぶのは故郷のアーケードにあった古ぼけた店舗ぐらいだ。

「そうだ、商店街だったら一件くらいありそうなもんだ。

銀行に行ったときに通った道は、確か商店街っぽかったような・・・。

ちょうどこの先だ。」

人ごみのなか、急に歩を早めた。




目抜き通りとは言い難い古びたビルが立ち並ぶそこは、

駅が近いせいか恰好の自転車置き場になっていた。

すると、すぐ目の前に、その店があったのだ。



”創業1926年 西出時計店

時計の修理、補聴器のことなら信頼できる当店へ”



そう、修理、修理って書いてある!

創業して…、84年!

これは代々、地元に根付いて商売してきたお店なんだろう。

よく目を凝らしてみると、飾られたポスターが陽に焼けて色あせている。

お世辞にも立派とは言い難い店構えだったが、

そこがかえって気に入ってしまった。

よし、ここだ。

あまりにもすんなりと店が見つかった興奮とともに、私は店へと入った。




中に入ると、ショーケースだったであろうところには、

時計の代わりにゴルフボールやかぎ編みの人形やらが置かれている。

一見やっているのかわかりかねる印象だったので、

どうしようかと二の足を踏んだものの、

奥には先客らしき中年の女性が大きな声でしきりにお礼を言いながら、

店主らしきおじいさんに千円札を手渡そうとしている。

「中を開けて掃除したら動いたのでね、お代は本当にいいんですよ。」

男物の腕時計の電池交換をお願いしていたようだが、

どうやらそれまでもなかった、ということらしい。

女性はひたすら恐縮して、

「いえいえ、払わせてください、気持ちだけでも。」

などと言っている。

後方でそんなやりとりを眺めていた私は、これは長引くかも、と思いつつ、

もう決めていた。

ここだ、ここでお願いしよう。

店はご夫婦でやっていらっしゃるようで、

奥さまも加勢して、

「何もしてませんから、お代はいいんですよ。」

なんて言っている。

商売っ気がないったらありゃしない。

でも、なんだかホッとするなぁ・・・。

三人のやりとりを眺めながら、知らず知らずのうちに頬がゆるんでいた。




「はい、どうもお待たせしてしまって、すみませんねぇ。どうしました?」

ぼーっとしていた間に私の番が来ていた。

「あ、あの、目覚ましを直して欲しいんです。」

あらかじめ手に持って準備していた時計をひっくり返し、

スヌーピーをおじいさんの方に向けて置いた。

「ベルが鳴るんですけど、部品が欠けて落ちているみたいで、

音がへんなんです。」

おじいさんは「失礼」とひと言いって、目覚ましを手にとってあれこれ試しだした。

近くで見ると、とっても優しい目をしていて

あぁ、この人にお任せしよう、と勝手に心を決めてしまっていた。

「三十年近く前の物なので、もう無理かもしれないんですが・・・。

さっき電気店に行ったら、

新しいのを買った方が早いし安く済むって言われたんですけど、

それは違うって思って・・・。」

ここまで言ったら、急に胸がつまってしまった。

母が、亡くなった母が買ってくれた大事なものなんです。

それは、重すぎて言えなかった。




「まぁ、とってもきれいに使ってたのねぇ。大事にされてきたのねぇ。」

自分でも驚いたほど、急に強い口調になってしまい、

どうしようかと思っていた矢先に奥さまがそう言ってくださった。

私は褒められたような気がしてついうれしくなり、

「はいっ。」

と子どものような返事をしてしまった。




「これは・・・、部品はもう、ないと思うんだけどね、

一度預からせてください。中を開けて見てみるからね。」

やっぱり古すぎて難しいのかな、

半分諦めつつも、このお店でみてもらって駄目なら仕方ないだろう。

さっきまでの憤りはどこへやら、私は穏やかな気持ちになっていた。

「難しいかもしれないけど、できるだけやってみますからね。」

おじいさんはそう言ってくれた。




あぁ、ありがたい。

お店を後にし、自転車をこぎながら思った。

私は直して欲しかったんじゃなくって、

直そうとして欲しかったんだ。

大事な、世界にひとつしかないこの時計を、わかって欲しかったんだ。

こんなすてきな時計屋さんにお願いできたんだもん、

もしも直らなくっても、お母さんもきっと許してくれるだろう。




じわじわとうれしさがこみあげてきて、

また頬が緩んでしまった。




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コメント

いかん、泣きそうだ。

あちしも書きながらちょい涙でちゃいました。

今日も、実はおじいさんにあって来ました。
その話はまた後ほど。。。

読んでいて自分の中で何か複雑で
こみ上げるものがありました。
何年かぶりに、私も寝たきりの祖母に
会いに行ったばかりでした。

>yukaさん

またコメントしてくださったんですね、ありがとうございます。

今日にでも続きをアップする予定ですので、

よかったらまた読んでください。

おばあさまのご健康を祈ってます。

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